だばいちぇロシア

サンクトペテルブルクに駐在する夫に帯同して、初の海外生活。楽しいことも辛いことも、言葉の通じない国での何でも体験記。

日本へ一時退避しました。

 

 

привет!プリビエット! marronsky(マロンスキー)です。

 

 

だいぶご無沙汰してしまいました。

 

 

相変わらず、毎日ロシアとウクライナのニュースが飛び交っていますが、3月中旬、ついに我が家も夫の会社からの指示で日本に一時退避となりました。

 

 

サンクトペテルブルクで暮らす日本人の多くは、既に日本または第三国へ一時退避をしています。(3月末時点)

 

 

日に日に厳しくなる情報統制や、航空便の欠航、いつ暴発するかもわからない原発云々…等、不安要素があることには違いないのですが、サンクトペテルブルクの街中は若干の物価上昇と一部地域でのデモを除けば至って普通の生活を送れていただけに、もやもやとしたものを抱えていたのが正直なところ。

 

 

だけど、今後いつロシアに戻って来られるかもわからず、もしかしたらこれが最後のサンクトペテルブルクになるかもしれない。という考えが頭の片隅をよぎりつつも、急な退避指示に別れを惜しむ余裕すら持てないまま、スーツケースに詰め込めるだけのものを詰め込んで、大半の家財や服はロシアに置き去りにしたまま、中東経由で帰国してきました。

 

 

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サンクトペテルブルクのプルコヴォ空港はがっらがら。フライトが飛んでないのだから当たり前か。

 

 

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空港についてバルチカビールで一息。

ここに来てやっと実感が湧いてきました。なんか寂しさがどっと押し寄せてきて押しつぶされそう。今度飲めるのはいつになるのかな。

 

 

 

 

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経由地ドーハへ。

前回来た時も思ったのですが、この巨大なスクリーン。広告でも何でもなく、ただ人が歩いているだけなんですけど、ものすごく暑そうで中東に来たってかんじがします。

 

 

 

そして、10時間のフライトを経て成田へ到着。

 

 

しかし、そこからが長かった…。

成田空港に着いてから、抗原検査を受け、検疫所が確保する指定宿泊施設へ移動するまで。なんと7時間(2022年3月時点、ロシアからの入国者は、検疫所が指定する宿泊施設で3日間の強制隔離が必要です。)

 

 

サンクトペテルブルクからドーハまで6時間

ドーハから成田まで10時間

成田空港から東横イン成田まで7時間

 

 

果てしなく遠かった。

 

 

夜中の2時に入居手続きをし、手渡されたお弁当。

思わず、「明日のですか?」と聞いてしまいました。係の人は苦笑いで、「いえ、今日の夕飯です(^^;)」だって。

 

 

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さらに、朝昼晩3食提供されるお弁当は、なぜかほぼ毎回鶏肉。また鶏肉?!と思い始めた2日目の夜。お弁当の袋には「牛肉×」の文字…。

 

 

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どこかのヒンドゥー教の人か何かと間違えられてる…?明日で終わりだしもういいや、と確認すらしなかったので、真偽はわかりません。

 

 

そんなこんなで、いろんなことがありすぎて3月の記憶が薄らいでいますが、帰国後の強制隔離も無事に終了し、新しい生活のセットアップも一段落がついたのですが、まだまだ書き切れていないロシアの思い出が山ほどあります。写真だってたくさん残っています。

 

 

これからの世界情勢がどうなるかはわからないので、サンクトペテルブルクって素敵なところだよ!なんて記事を書いていいものなのかが悩みどころ。

 

 

しかし、元々このブログはロシア生活の備忘録という位置づけでもあったので、忘れる前に不定期にでも少しずつ残していきたいと思います。